🇰🇬秘境キルギスタン オシュ在住某一家に居候記

”暖かいご一家に感謝”

日本人にとってあまり親しみがないと思われるキルギスタン。多くの人が場所さえも不明、知ってる情報は誘拐婚または遊牧民ぐらいであろう。私も何の事前知識も無いまま、中国カシュガルから陸路で国境越えを行い、12時間以上かけて” キルギス オシュ “に到着。

極寒の雪山を何時間もかけて国境越えをした私は、体力的に限界を当に超えていた。

そんな私を介抱し、自宅に招き入れてくれた恩人こそが ”オサカ” 。

日記形式のブログは久々ですが、彼と彼の一家との数日間に及ぶ感動の体験を記していきます。

命がけの国境越えを記した旅行記はこちらから!
🇨🇳🇰🇬雪山イルケシュタム峠の国境越え
🇨🇳🇰🇬冬山イルケシュタム峠の国境越え-Part2
🇨🇳🇰🇬冬山イルケシュタム峠の国境越え-Part3

目次【記事の内容】

√ キルギス オシュ概要

キルギス オシュ

現在はキルギス南の首都と呼ばれる、キルギス第二の都市。

街の起源は、3000年以上前。シルクロードの要所としても栄え、宗教や言語は時代の流れで往々に移り変わってきた。

キルギス唯一の世界遺産:スレイマン・トー聖山(上写真)が見られるのもオシュ。

また、ウズベキスタンとの国境沿いに位置しており、過去1990年と2010年に多数の死傷者を出したキルギス人とウズベク人との民族紛争:オシ暴動の舞台にもなった街である。

そのため、オシュ周辺は、日本国外務省がレベル2「渡航はやめてください」を発令している要注意地域。(日本外務省HP

正直この事実は日本帰国後に知った(笑)

しかしながら、この情報が信じられないほど私のオシュへの印象は良い。当然オサカのおかげである。

√ ” キルギス オシュ”到着日

夜10時過ぎにオシュらしき街へ到着。あたりは真っ暗で雪山を越えてくれた運転手に200元を現金で支払い、一銭も持っていない状態に。

あたり一面は真っ暗、且つ泊まる場所も決まっておらず探す体力も金もない。

情報皆無の私に、一緒に雪山を超えてきた”オサカ”が私を彼の自宅に招待してくれたのであった。

キルギス オシュ

オサカの自宅は彼お手製でデザインも全て自己流。

オサカはただの入国管理局の人間ではないなと思いながら、家にお邪魔した。

家族構成は、オサカとその妻、お子さんが長女、長男、末っ子の三兄弟。

長女は私と同い年で、長男次男は小学生くらい。

一先ずシャワーを浴びることにしたが、シャワーもお手製。木で作った優しい木目のデザインで、写真が取れなかったのが残念なほど。サウナの様な浴室であった。

キルギス オシュ

かなり家は広く、浴室から出ると兄弟が走り回って遊んでいた。恐らく、久々に父親が帰宅してテンションが上がったのだろう。

長女が暖かいスープに細麺が入ったキルギス家庭料理であるラグマンを用意してくれており、その優しさに心がほっこり。惚れてしまいそうでした。笑

兄弟は、父であるオサカから貰ったラジコンカーの取り合いをしており、喧嘩の末ラジコンカーを壊し、部屋の端で拗ねていた。

日本の一般家庭と変わらぬ見慣れた光景で何だかホットしたが、オサカに喧嘩の仲裁を頼まれ、ラジコンカーを直し、兄弟と遊んで何とか笑顔になってもらった。

キルギス オシュ

そんなオサカ一家でしたが、私は一銭も持たぬ住所不特定の謎の日本人。

一晩だけお世話になるつもりで、暖かい布団にくるまって、爆睡した。

√ オシュ初日の朝

キルギス オシュ

キルギスで迎えた初めての朝。

疲労はすっかり取れており、最高に気持ちの良い朝であった。

無事オシュに到着したこともわかり、予定ではその日のうちに首都ビシュケクへ発つ予定だったが、オサカがまだ数日泊まってても良いと言ってくれ、予定を延長してオシュに滞在することにした。

身支度を整え、早速オサカとキルギス旅に必要なものの買い出し&朝食を食べに向かった。

1)オシュ の街並み

キルギス オシュ

オサカの車はかなり古いタイプの韓国現代製軽トラ。

街中に走る車は、ほとんどが日本製の中古車。綺麗な中古車をキルギスに仕入れて販売すれば確実に一攫千金が狙えるほどオンボロ車だらけだった。問題は、如何に低コストでキルギスに入れるのか…と言う点。

キルギス オシュ

レクサスも走っているが、だいぶ古いタイプの様に感じる。

オサカによると、キルギスでの各国の車の評価は、日本製=ドイツ製>韓国製らしく、先日雪山越えで雪に埋もれてしまった車は日本車だったため、かなり落ち込んでいた。

キルギス オシュ

街は元ソ連に属していた共産圏ならではなのか、建物は白かグレイのようなシンプルなデザインが多く、非常に無機質な街並みだった。

車窓で、レーニン像を発見!

歴史の名残を見ることができます。

キルギス オシュ

そして、現在は近隣諸国(中国、カザフ、ウズベク等)でもっとも民主的だと言われるキルギス。海外資本も多く入っており、もっとも多く見かけるのが中国資本。

キルギス オシュ

CHIGOと呼ばれる広州本社でエアコンを世界200カ国以上で販売する巨大企業も、ジャッキーチェンが笑顔で宣伝しています。(詳細リンク

しかしつい最近、首都ビシュケクで反中国デモが勃発し、邦人が中国人に間違われ被害を受ける事例も出てきており、注意が必要です。(詳細リンク

キルギス オシュ

車を降りて街中を散歩すると、精肉店の店主と目が合い、写真を撮らせてもらった。

どうやらオサカと知り合いで、オサカの知り合いが多く住む街のコミュニティに入った模様。

キルギス オシュ

少し大通りから路地へ入ると、素朴で生活感あふれる街並みが垣間見える。

キルギス オシュ

街の靴屋さん。

私とオサカが入っても黙々と靴を縫い続けている靴職人のおじさん。

この様な小さい店がところどころにある。

キルギス オシュ

八百屋も多くあり、小さめのりんごが安く売られていたため、キルギス滞在中頻繁に食べていた。

キルギス オシュ

街中を移動中の韓国製トラックに何が乗っているのかと思いきや。

キルギス オシュ

大型の馬であった。乗り物に乗せられる馬は初めてだったため、かなり好奇の目で見てしまったが、遊牧民族ならではなのか…笑

2)オシュで食べたキルギス料理

オサカ行きつけのキルギス料理屋に到着。

簡単だが、下記にてオシュで食べたキルギス料理を紹介していこう。

(1) トマトベースのスープ (シュルポ шурпо) 

キルギス オシュ

トマトベースのスープにラム肉と野菜、真ん中にチーズを載せている。

キルギス滞在中に何度か口にしたキルギス旅の思い出の料理。

(2) ナン

キルギス オシュ

キルギス オシュ

キルギス オシュ

キルギスの家庭料理に頻繁にでてくる、日本でいう白飯ボジション。

いろんな形態があり、基本はピザの様な円形状のものがほとんどだが、釜で焼き上げたナンも絶品!

非常食としても便利で、中国カシュガルからひたすら毎日ナンをかじっていました。

(3) ラム肉の串焼き

キルギス オシュ

ラム肉が苦手な人は、おそらくキルギスのラム肉を食べれば好きになるかと思います。

クセになるその味は日本に帰国後も忘れた事はありません。偶に食べたい衝動に駆られます。

(4) プロフ

キルギス オシュ

中央アジア諸国でどこでも食べられるB級グルメ:プロフ。

私の胃袋をなんども満たしてくれた安くて美味しい素晴らしい料理。

レストランで何頼めば良いか分からなくなった場合は、プロフを頼めば間違いない。

(5) マントゥ (манты)

キルギス オシュ

間違いなく中国から影響を受けていると考えられるキルギス餃子。

トマトベースのソースをかけて食べるのがキルギス流?!

中身は肉肉しく、かなりジューシーで美味です。

オサカ家の長女と一緒にご飯を食べに行った際に強くおすすめしてくれた一品。私が食べている間彼女はひたすらインスタグラムに夢中でした笑。キルギスはインスタグラマーがかなり多く、旅行中にキルギスのフォロワーが相当数増えました。

現在でもキルギスのフォロワーが増え続けています。

今回はここまで!

キルギスタン最初の都市オシュでの素敵な出会い。

次回は感動の別れ編を綴っていきたいと思います。では、次回!再見!!

1件のコメント

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Translate »
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。